『不動産紹介師 鷹司京 お客様は幽霊様』~アルカディアという名の理想郷~
- 投稿日:
- 05.17.2008
- カテゴリー:
- 小説/『不動産紹介師 鷹司京』
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お客様No. 零零零四:二瀬 鉄也 (二十九)・タブロイド紙記者 「アルカディアという名の理想郷」”Integral Things”
作:五十嵐 千垣
「やりたくもねぇ仕事をして、結局その因果で殺されちまったんじゃぁ、元も子もねぇよ。滑稽すぎるぜ。くだらねぇ人生だった。このネタも誰かにかっさらわれんだろうな。・・・二十九年、俺は何をしてきたんだ? 何がしたかったんだ? それにしてもあの野郎、ボコボコ殴りやがって・・・ちくしょう・・・。」
*
久しぶりにぐっすり眠ったような気がして体が軽い。気分も悪くなかったから、街をぶらぶらと流すことにした。行く宛ても特にねぇが、目的もなく歩いてみるのもたまにはいいだろう。それにしてもここ五年ほどは完全に夜行性だった。白昼堂々と街を闊歩するなんてのはいつぶりだろうか。情けないことに歩き出してすぐに頭がくらくらした。ランチタイムも終わり、一段落しているカフェの前のベンチに腰を下ろした。
この地域は都心から少し離れているから街行く人々も少しのんびりしている。喧騒とは無縁のようだ。こういうところに住むのも悪くねぇだろうな。結局、家に帰ることなんか滅多にないんだが。
「お客さん、何かお飲みになります?」
停止している心臓が口から飛び出そうになった。「俺のこと見えてんのか?」どうやら生きている人間にも幽霊は見えるらしいかった。アルバイトらしき若いその女は俺を見据えている。
「いや、結構。少し気分が悪かったから休ませてもらいたかっただけなんだ。」
「大丈夫ですか? それじゃあ、お水お出ししましょう。」
「いや、ちょっと・・・」
女は俺の言うことも聞かず、奥に引っ込んでしまった。
他人から好意を受けることもここ数年なかった。あんな仕事をしていれば当然といえば当然だな。ふと、目を前にやると自分が追っていたアイドルのポスターが貼ってある。清純さがウリのいわゆる正統派アイドルだ。あの写真が出回れば彼女のアイドル生命も終わるだろう。相手の人生のことなど気にしていたらあの仕事は務まらない。
「どうぞ。」
さっきの女が戻ってきて水を差し出す。
「ありがとう、すまないね。」
久々に感謝の言葉を吐き、少し腹の底が熱くなった。
「最近、ずっとお天気悪かったですね。すっきり晴れたのは五日ぶりくらいかしら。」
「ああ、梅雨にはまだまだ早いはずだが・・・。」
女は少し退屈そうにしていた。客がいなくてよっぽど暇なんだろう。
「お客さん、シホりん知ってます?」
「え?」
「手島志保チャン。ほら、あのポスターの。」
彼女はさっきのポスターを指差していた。
「ああ、アイドルの手島志保ね。知ってるよ。」
そう言うと、彼女は嬉しそうに笑顔を向けて話し出した。
「あたし、シホりんの歌が大好きなんです。特にほら、今放送してる『銀色の海を漂う天使』っていうドラマの主題歌。今までよりぐっと大人っぽくなってアイドルの枠から脱却したって思ったんです。あの歌を聴いてると勇気が湧いてくるんです。この前ライブに行って・・・・・・」
彼女は興奮して話を続けている。私は水を舐めつつ、ポスターを眺めながら彼女の話に耳を傾け続けた。
「・・・・・・どう思います?」
「あ、ああ。あまりテレビを見ないからわからないなぁ。そのドラマも見たことはないし、彼女の歌もさわりの部分だけで、一曲まるまる聴いたことはない。確かに歌は上手だったね。」
「ですよね?ですよね?」
彼女の興奮はピークに達している。そのとき店の奥から彼女を呼ぶ声が聞こえた。彼女は少し残念そうな顔をした。
「ありがとう。だいぶ楽になったよ。」
彼女にグラスを返す。
「いいえ、また来て下さいね。」
彼女は駆け足で奥に入っていった。
俺はもう一度ポスターに一瞥をくれ、ベンチを立ち上がる。
ざわつく胸に気付いて目を逸らし、行く宛てのない足を再び動かしはじめた。
*
太陽が妖しい茜色に変わり、そろそろ夜に覆われることを知らせている。
あれからしばらくとぼとぼと歩き、街の外れまでやってきた。目の前には双子のビルが建っていて、それぞれの一階にはパン屋とイタリアンレストランがテナントとして入っている。その隙間に俺を誘う暗闇が渦巻いていた。怪しい気配を感じつつも足を進めずにはいられなかった。
「カラン、コロン。」
「いらっしゃいませ。どうぞそちらへお掛け下さい。」
二十代半ばの男が人懐っこい笑顔でソファを勧める。
「私は鷹司京《たかつかさ けい》と申します。あなたのようにこの世を彷徨う方に最良の物件をご紹介させていただいております。あなたのお名前とご年齢、それからご職業をお聞かせ願えますか?」
「あんた、何言ってんだ? 彷徨うって、これが死んだ人間の普通の姿じゃないのか?」
男は笑顔を崩さず落ち着いた様子で言葉を継ぐ。
「ええ、多くの方はその未練のためにしばらく彷徨います。しかし長い時間こちらに留まっていると、あなたにもこの世にも悪い影響があるので私たちが成仏のお手伝いをしているのです。まあ、昇天と言い換えても同じことなのですが。」
「悪い影響というのは?」
「・・・それは言えません。」
男の目は底の知れない暗い目をしていた。それ以上は入り込めない、入ったら二度と外に出てこられない、そんな目だった。この疑問については終わりにせざるを得なかった。
「ところで生きている人間にも俺のことが見えていたようなんだが、それも普通か?」
「あなたが生前に関わらなかった人間とは死後に関係を持つことができる場合があります。すべての人間がそうではありませんし、それほど多いわけでもありません。ただ、あまり深く関係を結ぶとこの世に縛り付ける力がより強くなりますからおすすめはしません。私がご紹介する物件の人間とその周辺の人間に限った方がよろしいでしょう。」
俺は少し考えに耽っていた。今まで生きていたのだから死んだ後のことなど知る由もなかったわけだが、いざ実際に死んでみてもよくわからなかった。そもそもこいつは死んでいるのか、生きているのか。それすらもわからなかった。
「お名前、ご年齢、ご職業をお聞かせいただければ物件をご紹介できますがいかが致しましょう。」
考えて答えが見つかるわけでもないだろう。男の話にのってみることにした。
「ああ、二瀬鉄也《ふたせ てつや》、二十九歳、くだらないタブロイドの記者をやっていた。」
「物件についてご希望はありますか?」
「自分の未練が何なのかもわからない。まかせるよ。」
男は大きく広げた地図を眺めていた。
「わかりました。それでは明日の朝、アメフラシ台七丁目○○―××へ。きっと楽しめると思いますよ。あっ、それから二瀬さんは新人ということになってますから。」
ようやく目的を与えられた脚が動き出す。男が最後に漏らした「いってらっしゃい」という声に背中を押されその部屋を出た。
*
「鉄、おせぇぞ。とっととおやっさんに顔見せてこい。」
指定された住所についたとたん、恰幅のいい中年の男にどやされた。正確な時間を聞いてなかったから、念のため早めに来たつもりだったが、遅かったようだ。
「あの、その親父さんはどこに?」
「作業場だ。」
そういってその男は顎で右手の古びた小屋を示した。かなり年季の入った小屋だ。周りに変な形の椅子やら、長い棒やら何に使うのかわからない道具が置いてある。古そうなものばかりだが、艶があり整備は行き届いている。
小屋の中を覗くと、長い白髪を後ろに撫で付けた爺さんが座っている。これまた何に使うのかわからない道具を金槌でたたいて点検しているようだった。
「すいません。遅れたみたいで。」
「あ? ああ、もうそんな時間か? そんなことはいいから鉄、道具をトラックに積め。それが終わったら玄関に握り飯が用意してあっから食っとけ。もう少ししたら出発するぞ。」
返事をして近場にあるものから順に荷台に積んでいく。
「鉄さん、おはようございます。手伝いますよ。」
二十歳そこそこの男が荷台に上がった。タンクトップからはえているその両腕は見事に彫りこまれ、細くはあるが力強いのがわかる。自分の筋肉とは質そのものが異なっているようだった。
「ああ、悪いな。ところで今日はどこに行くんだ?」
「何いってんすか、鉄さん? 隣町の幼稚園ですよ。もうすぐこどもの日ですからね。」
次々に積み込まれる荷物の中に仮面を見つけた。二つのクラウンの仮面だった。一つはホワイトフェイス。礼儀正しく有能で、技能が高い。もう一つはオーギュスト。間抜けで心優しい。どうやらこの一家は大道芸人一家のようだ。そう考えるとこれらの道具にも納得がいく。
「鉄さん、後は俺がやりますから飯食ってきてください。」
*
親父さんが言った通り、玄関におにぎりが置いてあった。五個あるうちの一番左のを手に取りかじる。中身はおかかだった。久方ぶりに手で握った握り飯を食って、やはりおにぎりは手で握ったものに限ると納得する。また隣に添えられた沢庵のどぎつい黄色が食欲をそそる。
「あら、鉄くん。おはよう。」
奥から四十代と思われるエプロン姿の品のいい女が出てきた。
「あ、おはようございます。おにぎりもらってます。」
「もう、皆食べ終わってるから全部食べちゃってね。子供たちの相手は大変だからたくさん食べておいた方がいいわよ。今日からあなたも芸を披露するんでしょう。」
「ええっ? そんなの聞いてないですよ。」
冗談がきつい。芸なんて何をすりゃいいんだ。子供騙しなんて言葉は嘘っぱちで、やつらは面白いものと面白くないものを判断するしっかりした目を持っているもんだ。なめていると痛い目に遭う。
「あの人伝えてなかったのね、意地悪なんだから。とにかくしっかりね。」
軽い口調で言ってのけ、奥へと戻っていく。俺はしばらく呆然としていたが、考えていてもしょうがない。残りのおにぎりを急いで口に詰め込み外へ出た。
三人はそれぞれ準備を終えて俺を待っていた。
「鉄、行くぞ。」
親父さんの号令を合図に全員トラックに乗り込む。
「あの、俺も何か芸をやるって聞いたんですけど本当ですか?」
誰にともなく、訊いてみた。
「ああ、そうだ。お前にもやってもらうぞ。」
恰幅のいい中年の男が答える。きっと、さっきの女の旦那だろう。
「でも、俺何もできないっすよ。」
「わかってるよ。誰もお前ができるなんて思っちゃいねぇ。そのためのオーギュストだ。」
そう言って男はオーギュストの仮面をコンコンと指で叩く。
「お前のためにそのオーギュストの仮面を探してきたんだ。なぁシンジ?」
「ええ、鉄さん結構苦労したんですよ。俺のホワイトフェイスとマッチするオーギュストを探すの。でも、せっかくのデビューだから足使って色々とね。」
運転席に座るあの若い男が応えた。
「それじゃあ、出発しますよ。」
エンジンの振動が満腹の胃を揺らし、体全体を不思議な浮遊感が包んだ。「俺で大丈夫なのか?」
*
幼稚園にはすぐ到着した。隣町といっても川を一つ挟んで本当に隣だった。道具がなかったら歩きでも問題なかっただろう。裏口から入ると、園長らしき男が俺たちを出迎えた。三人は手際よく準備を進める。俺が手伝えるのは荷物運びくらいだった。
「トオル、化粧道具とってくれ。」
「はいよ。」
トオルと呼ばれた恰幅のいい男が木製の箱を親父さんの横に置く。一方、シンジはストレッチをして体をほぐしている。バレエダンサーのような体つきをしていた。色は白く日本人らしからぬ体型で脚が長い。
「鉄、目ぇつぶれ。仮面つけるぞ。」
親父さんに言われるままに目をつぶる。木のひんやりとした感触が伝わってきて身が引き締まる思いがした。シンジもホワイトフェイスの仮面をつけ、皆準備が整ったようだ。
「よっしゃぁ、始めるぞ。」
トオルさんが気合を入れる。
といっても俺の出番はもう演芸が終わる頃だった。親父さんが軽い身のこなしで綱を渡り、その上で翻る。トオルさんがジャグリングで園児たちの目を釘付けにする。シンジは万能で色々とやっていたが、特に目を引いたのがコントーション(軟体曲芸)だった。片腕で逆立ちをしてそのまま脚を百八十度開き、足の裏でボールをリフティングをするというでたらめなことをやってのけた。やじろべぇのように体を揺らして観客をハラハラさせることも忘れていなかった。どう考えても俺が入り込む余地などないわけだが、実際そのときは来た。
「今日はもう一人連れてきているんじゃ。さっきそこで拾ったやつなんじゃが、なかなか面白いやつでな。お~い、オーギュストお客さんがお待ちだぞ。」
演芸口調で話す親父さんの声を合図に事前に言われていた通りに駆け足で園児たちの前に登場する。
「よし、オーギュスト。お前さんお得意のお手玉を見せてやってくれ。」
道具箱に入ったお手玉を取りに行く。道具箱を開けると「ポン」という音とともに目の前が真っ白になった。辺りを白い粉が包んだ。
「見てくれ髪が真っ白じゃ。一瞬でわしより年寄りになってしまった。」
園児たちがクスクス笑い出す。
「よし、早速お前のお手玉を見せてくれ。」
お手玉くらいなら、子供の頃にやったことがある。多少ならできるはずだった。しかしやり始めて気づいたことだが、仮面をかぶっていることで視界がかなり狭くなっている。何とか続けてパチパチとまばらな拍手が湧いたが、案の定一つ落っことしてしまった。残念がる園児たちを想像したが、まだ園児たちは目を輝かせていた。なぜなら、落ちたお手玉から小さな黄色いインコが出てきて空高く舞い上がったからだった。続いていつの間にか開いていた股間のチャックからもぞもぞと青いインコが飛び出てくる。園児たちは腹を抱えて笑い、若い保育士は恥らいながら笑った。
「全部仕組まれている。」心配する必要などなかったのだ。笑われるたびに胸が熱くなる。嬉しいのか、恥ずかしいのかわからなかったが、とにかく体が熱を帯びてくる。
「なぁ、こいつは面白いだろう? じゃがな一番面白いのはこいつの顔なんじゃよ。おいオーギュスト、仮面をとってお前さんの素顔を見せてみろ。」
そんなに崩れた顔をしているつもりはなかったし、そもそも滑稽な猿顔の化粧を施した親父さんに言われる筋合いはなかったが、言われたとおりにするしかなかった。
刹那、今日一番の笑いが湧いた。自分だけが取り残されていた。皆同じ顔をして笑い、身内の三人まで笑っている。
顔を触ってみると手が白と黒に染まった。仮面の裏を見てみると自分がどんな顔をしているかがわかった。パンダメイク。そして鼻の部分が赤く塗られている。親父さんが演芸の前に箱に入っている化粧道具で塗っていたのはこれだったのだ。仮面の裏に色をつけていたのだ。だから、仮面をつけるときに目をつぶらせたのか。
「さぁ、わしらの演芸はこれにておしまいじゃ。楽しんでもらえたかな?」
一斉に拍手が湧いた。ほっとして体が弛緩するのがわかった。子供がこっちに殺到してくる。服をひっぱられ腕にしがみつかれ、あっちこっちに引っ張りまわされる。
一緒にサッカーをやれば「僕はサッカー選手になるんだ。」
おままごとをやれば「私はケーキ屋さんになるの」
「僕はキバ」「ミカはママになる」「僕はバイクになるんだ」「あたしお医者さん」・・・・・・・・・・・・・・・・
無数の夢があった。今の自分には何一つない夢が、チャリンチャリンと音を立てて空っぽの器に投げ込まれた。
*
昨日と同じように太陽が茜色に染まっている。園児たちは迎えが来て次々と帰っていった。最後に残った女の子が母親と手をつないで出口へ向かいながら歌を歌っていた。
「このセカイにあまねくひろがるふあんをむねにとじこめてソラをとぶの。ワタシひとりでワタシひとりで、キミがきてくれるのをイツマデモマチナガラ。このソラがあかるさでつつまれるのをマチナガラ。」
いつか少しだけ聞いたことがある手島志保の歌だった。
「鉄、お前行くのか?」
背後から親父さんの声が響いた。
「ええ、そろそろ行くことにします、自分のいるべきところへ。」
「そうか。」
「何もかも世話になっちまって。あっ、これ、ありがとうございました。」
オーギュストの仮面を差し出す。
「お前が持っていけ。ウチに置いといてもつけるやつがおらん。それにお前にお似合いじゃ。」
自然と笑みがこぼれる。
「ドジで間抜けなオーギュスト。確かに俺にお似合いですね。」
「今何もできんなら、これから学びゃいいさ。これから暇なんだろうが。」
「そうですね。それじゃあ、行きます。トオルさんとシンジによろしく伝えて下さい。あと奥さんにおにぎり美味しかったって。」
「ああ、元気でな。」
親父さんは少し寂しそうに肩をすくめてトボトボと園舎に向かって歩き出した。俺はその背中に深々と頭を下げてオーギュストの仮面を強く握り締めた。来た道から帰ろうと裏口に向かう。裏門を出たところで女の声に呼び止められた。
「鉄さん、中にお弁当を用意してありますから召し上がっていってください。皆さんも中にいらっしゃいますよ。」
この声は確か一番若い保育士の声だった。俺はオーギュストの仮面をつける。
「ワタシはドジでマヌケなオーギュスト。あなた方はアルカディアに咲く花。席を共にすることなど許されません。それに道化師の糧は人間の夢です。今日は沢山の夢をもらったからもう満腹で何もお腹に入りません。」
精一杯道化を演じてみたつもりだったが、彼女はポカンとしていた。そのときの俺の様はあまりにも滑稽で本当の道化だった。
*
「あはははは。」
部屋に入るなり鷹司は俺のパンダ顔を見て笑った。悪い気はしなかったが、始めにあったときの印象とかけ離れたリアクションに少し驚いた。なかなか無邪気な笑いだった。
「どうでした、二瀬さん。何か見つかりましたか?」
「ああ、きっと夢を探していたんだと思う。夢を持つこと自体を忘れていたんだ。子供に色々と聞かされて気づいた気がするよ。しばらくはオーギュストとして生きてみることにした。」
「それはよかった。」
鷹司の目には優しさと安堵が表れていた。
「ところで、あんた手島志保って知ってるか?」
「手島って、シホりんのことですよね? もちろん知ってますよ。あの小さな体でよくあんな力強い声が出るのかと思いますね。演技はイマイチですけど、彼女の歌はいい。この前のライブなんて・・・・・・・」
こいつもカフェの女と一緒で相当手島のことが好きなんだな。長々と彼女の魅力について話を続けている。それを遮って口を挟む。
「なあ、俺は手島の過去にまつわる写真を手に入れて、それが原因で彼女の事務所関係者に殺されたわけだが、その写真をもみ消してもらえないか? たぶん俺の社の誰かが持っていると思うんだが。」
鷹司は俺の目を真直ぐに見据えている。しばらく間をおいてから応えた。
「なぜ私に?」
「あんたにならできそうな気がした。ただそれだけだ。」
鷹司は机の中からグラスとウィスキーを出し、トクトクと注ぎ始めた。
「・・・わかりました、なんとかしましょう。なかなか勇気のいる仕事でしてね。・・・それにしても二瀬さん、滑稽な顔をしていますね。」
*
翌日のスポーツ新聞各紙には「シホりん 全国ツアー無事終了。観客動員数は過去最高!」の見出しが躍っていた。彼のところのタブロイドの一面もシホりんのツアーの終了を告げるもので、申し訳ない程度に存在する社会面に「当社の記者:二瀬鉄也を殺害した犯人逮捕。警察の発表によると通り魔的犯行であると・・・・」と彼の事件の記事が載っていた。
彼が部屋を出て行ったときの最後の言葉はこうだった。
「俺は手島に興味などないが、彼女が与えている夢には興味がある。過去のくだらないことでその夢をつぶすのはあまりにも無意味だ。他人に言えない過去の一つや二つ、誰にでもあるものだろう。そう、あんたにだって。」
完 2008/05/17 「アルカディアという名の理想郷」
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